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every day is a new day

アラフォーの会社員、現在 育児休暇中で新米ママとして奮闘する日々

プレミアムフライデー?

普段、定時に帰れるようにしてから言ってー!!

同じ月に生まれた

赤ちゃんをもつママさんとお知り合いになれた🌟

 

成長を喜んでくれる人がいる

それって、ありがたい。。。

 

出産

9月。38週に入っても体調はすこぶる良く、マタニティビクスに通ったり友人とランチしたり。漫画を読みふけったり、お料理したり。もっと暇になって仕事したくなるかな?と産休に入る前は思っていたのですがなんのその・・たいそうのんびり楽しく過ごしていました。

 

予定日1週間前に受診するも「まだ赤ちゃんが下がってきていない」と言われ、次週にもう一度診察する予定に。予定日にもまだ出てこないだろうとたかをくくり、予定日には旦那と友人の3人でフレンチに行く約束までしていました。

 

なのですが、予定日の前の夜、ギリギリと子宮周り(?)が痛くてなかなか寝れず・・朝になって病院に電話したら「入院の準備をして来てください」とのこと。いわゆるおしるしと言われる微量の出血があり、「これはもう赤ちゃん出てくる準備ができているねぇ」と急遽入院することに。

 

陣痛促進剤を打ったものの「今日はまだ子宮口が開いていないから、明日かな」という判断になり、その夜寝ていると、助産師さんが23時ごろ病室に飛び込んできました。赤ちゃんの心拍が2回落ちているので、ちょっと危険かもしれない・・とのことで酸素マスクのようなものを付けられかなり慌てました。

 

今は心拍が安定しているけれど、もう1度落ちたら後遺症等が残る可能性もあるかもしれないので帝王切開にしたほうがいいかもしれない・・とのこと。怖がりな私は無痛分娩の産院をわざわざ選んでいたのですが・・そんなこんなで緊急帝王切開となりました。

 

 

 

【回顧録】妊婦生活

妊娠8週で心拍確認が出来、不妊治療のクリニックを卒業!

初めて妊娠した時は心拍確認まで行かなかったので本当にドキドキして、チカチカと点滅している心拍が見えた時には安堵しました。

 

紹介状を書いていただいて、駅貼広告でも見ていた無痛分娩のクリニックの初診を予約。予定日は9月16日でした。

 

区に行って妊娠したことを告げ、母子手帳、妊婦健康診査受診票、マタニティマーク などを交付してもらいました。

 

マタニティマーク・・・付けると蹴られるとか怖い噂を聞いたりしていましたが付けたり付けなかったりする中で、嫌がらせされることはありませんでした。

電車の中ではお腹が目立つようになってからは比較的席を譲ってくださる方が多かったです!白髪のおじさんや、高校生らしき女性など、様々な方が席を譲ってくださって、東京も捨てたもんじゃないと思いました。

特に7ヶ月ごろに子宮筋腫が痛んで歩くとキリキリすることもあったので大変助かりました。ありがとうございました。

 

ただ私の印象では、優先席に座ってスマホを眺めている若い人たちは全く他に目も向けず、譲ってくれることは少なかったように思います。

いっそ優先席やめちゃえばいいのに!

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妊娠中はつわりは全くなく、これは非常に恵まれていたと思います。

ただ、6ヶ月ごろに恐ろしい痒みに襲われました。

まずは腕にポツポツが出来て・・「か・・・かゆい」と会社の下にあるクリニックを受診したところ、弱めのステロイド剤を処方してもらいました。腕は治ったのですが、その後、ポツポツが全身に!足に、お腹に、太ももに、背中に・・・顔と手のひらには出なかったのですが、あちこちが痒くて痒くて、夜寝れないし、気が狂いそうでした。

 

ネットで検索しまくったところ、同じように妊娠中に痒くなる人がけっこういることが分かりました。ブログとかで効くと紹介されていたのが、よもぎローション。「アルテニーニローション」というローションが効くというのでAmazonで購入したところ、痒みを抑えるのにだいぶ効いたので、これはもうオフィスに持ち込んで痒い時にぺったぺった塗っていました。けっこう臭いので隣の人には迷惑だったと思います。。

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他にも手放せなかったのはAveenoというクリームと馬油!とにかく乾燥させてはいけないということで、塗りたくっていました。

私はアトピーとかと無縁だったのでこんなに痒い思いをしたことは無かったのですが、「痒い」って本当に辛くて大変だと痛感する日々でした。

 

とはいえ体調は非常によく過ごしていました。

これはひとえに、「妊婦は動け!マタニティビクスをしろ〜!」というクリニックの指導のおかげかと思います。私が通っていた産院はマタニティビクスを超推奨していて、週に2回ほど通っていたのですが、楽しく39週までエクササイズをすることができました。運動して汗をかくと精神的にも非常に良かったです。

【回顧録】妊娠まで② 〜ココロささくれ、たくさん泣いた

不妊治療をしていた日々は、ココロがささくれ、子どもがいる友人を羨み、やたら子どもの投稿が目についてSNSを見るのもつらくなる・・そんな日々だったように思います。

 

約2年間治療をしていた間、「子ども」のことを考えない日は無かったように思います。

 

三度人工授精にチャレンジするも、撃沈。三回目にダメだった時には、ちょうど次の日に仲の良い友人の出産祝いがあったこともあり、激しく落ち込みました。

 

治療していると被害者意識が強くなります。

 弟夫婦、従姉妹、友人が次々と子どもを授かる中、「自分だけできない・・」と、妊娠のニュースを聞くのが恐怖になったものです。

 

治療のことを知らない母親は、私たち夫婦は仕事・遊びを優先させていて子どもはいらないんだろうと思っていたようで、一緒にゴルフに行ったある日、

「Mたち(弟夫婦)は2人目を考えているんだって。あなたは私のために(孫を見せようとして)産む必要はないから、好きに生きたらいいよ。」と言ってきました。

 

それを母に言われた時、なんだか突き放された気持ちになってしまい、そこがゴルフ場だったにも関わらず、「人の気も知らないで・・」とエンエン子どものように大泣きしてしまいまして。

 

体外受精に進んだ折には、排卵を誘発するための注射を打ったのですが、どうしても仕事の後では病院に間に合わないので、仕事の合間に通いました。(不真面目な社員でごめんなさい。)

 

7日の注射で済むと思っていたのに、それが10日に延長された時は・・もう、毎日注射を打つのが痛いし、会社を抜けるのも申し訳ないしで

心が折れそうになりました。

 

そして初の体外受精で妊娠して喜んだものの、7週目で心拍を確認できず流産。前の週まで見えていた胎芽が次の週に見えなくなってしまっていて、「どこに行っちゃったの・・?」って絶望というか・・なんでしょう… 受け止めるまでちょっと時間がかかりました。

 

最終的には2回目の体外受精で子どもを授かることができたのですが、そこに至まで、かなりたくさん泣いたように思います。でも、治療に費やした日々は無駄ではなかったと思います。

 

それまで人と自分を比較することはあまり無かった自分でしたが、とにかく人を羨む気持ちを味わい、劣等感にさいなまされました。

SNSで、「人生で一番尊いのは人を育てること」と書いた友人の投稿を見て、「子どもは産んだほうがいい!早く産みなよ」と言ってくる人と話しては、不快に思いました。ただなにより、不快に思う自分はもっと嫌で、自己嫌悪におちいりました。

 

ドロドロと汚い感情がわき上がってきた日々でしたが、それと同時に、私以外にも子どもができなくて悩んでいる人たちがいることも知って少しはそういったことに対してセンシティブになったような気がします。また、励ましてくれる友人らがいてとても救われました。

 

人と比べない。

自分が在る現状を受容し、そのなかで最大限楽むようにする。それがだいじなんだろうなぁって、なんとなく思わされました。